専務取締役インタビュー

専務取締役 伊藤 直之 Naoyuki Ito

ワイドフード株式会社に入社されてから1年が経過しましたが、入社した時と1年経った今とを比べて何か会社が変わったと感じるところはありますか。

従業員の数も倍に増え、個々人の業務範囲が少しずつ広がってきました。個々人の業務範囲が広がったことにより、会社全体では弁当事業や催事事業、通販事業を以前より積極的に行えるようになってきました。

 

組織面では、以前は何でも行うゼネラリスト思考だったものが、より自分の業務に責任を持って行うスペシャリスト思考に変わってきました。

 

店舗や通販でのお客様の購買動機として、レビューや友人・知人からの口コミ、テレビや雑誌を見てというお客様が以前よりも増えてきました。

専務昔からお肉に関係する仕事に就きたいと思っていたのでしょうか。

家業ですので、当然昔からお肉に親しんできましたが、正直仕事に就 くとは思っていませんでした。

 

しかし、2011年の東日本大震災の際に被災した生まれ故郷を目の当たりにして、東北復興に自分自身何か力になれないか自問自答するようになりました。

 

そのような時、家業の主力商品である『仙台牛』について、改めて調べてみると、宮城の思いが詰まった全国でも最高峰のブランド牛ということが分かり、その無限の可能性にかけてみたくなりました。

 

仙台牛が全国的に認知度が上がり需要量が増えることによって、そこにたずさわる繁殖農家、肥育農家、卸売市場関係者、卸売業者、小売業者が潤い、雇用創出が新たに生まれ、本当の意味で東北復興が進むのではないかと考えました。

経歴を拝見したところ、大学卒業後、東京で8年近くソフトバンクで働かれていたということですが、どのような業務を行っていたのでしょうか。

私が行っていたのは、 経営企画本部というところで、会社の財務諸表の営業利益を最大化させる仕事です。

 

営業利益を最大化させるためには、売上を増やすか費用を削るかですが、特にコストカットに力点を置き、社内・社外の関係各所と交渉を行っていました。

 

また、月次・年次ベースで、予算と実績の差異を細かく分析し、毎日、あらゆる資料を読み込み、必要であれば会社内にいる会計士や弁護士と話をして問題解決のための道筋を作ることが求められました。

 

交渉ごとや新しいことに挑戦し続けていくことは、今の業務に大変役に立っています。

専務その後、2年間慶應ビジネススクールに通われてMBAを取得されていますが、今の業務に生かされている部分はありますか。

2015年は、地元宮城へのブランディングがテーマでした。リニューアルした店舗のダイレクトメール会員数を増やす施策や宮城県民への認知度をあげるための施策を実行してきました。

 

ありがたいことに、昨年だけで、テレビで8回、新聞雑誌で20回ほど取り上げていただきました。

 

また、2017年に宮城で全国のブランド牛が一同に会して行われる5年に1度の大会、全国和牛能力共進会(通称:和牛のオリンピック)の宮城県からの協力も後押しになっています。

2015年12月にお肉博士1級に合格されたそうですが、それはどのような試験なのでしょうか。

お肉検定というのを受験しました。

これは、一般の方も受験できる試験です。

食肉の歴史や部位、食肉流通・小売・消費に関する事柄、食肉の衛生と品質、栄養と調理、食品表示など、牛肉だけではなく豚肉、鶏肉も含めて、お肉に関する幅広い知識を習得できるような試験です。

専務これからワイドフード株式会社を通して、どのようなことを実現されたいでしょうか。夢などがありましたら、教えてください。

2015年は、地元へのブランディングがテーマでした。

2016年は、全国へのブランディングがテーマです。

そうした意味で、宮城県外への出張も多くなっています。

 

催事などで関東・関西を中心に仙台牛というブランド牛、仙台名物の牛たんを、より知ってもらう努力をしていくことが必要です。

 

また、ワイドフード株式会社は「肉のいとう」という町のお肉屋さんを母体としています。

 

お肉屋さんは対面販売を中心にお客様に常に接していますので、これまでの既成概念にとらわれず、お客様が欲しい商品・必要とする商品を提供していきたいと思います。

 

同時に創業50年の肉屋として、お肉のプロが納得のいく質の高いお肉を仕入れ、お客様へご提供し続けていくのが責務だと感じています。

 

インタビュアー:中嶋寛子